技術者~収益不動産~そして現在までの経緯3
- 技術者~収益不動産~そして現在までの経緯1
- 技術者~収益不動産~そして現在までの経緯2
- 技術者~収益不動産~そして現在までの経緯3
いつの間にか、立退きの話を4日も連続で書いてしまいました。私は立退きだけで100件以上をやっています。(100件ぐらいまでは数えていますが、それ以上は数えてません。)だから、この手の話を書き出すと、いくらでも出ます。地上げも同じです。しかし、あまり、本来、伝えたいことから離れると、いつまで経っても本題に戻れなくなりそうなので、先に本題から書きます。
(立退きの話が面白いというお言葉も頂戴しましたので、さっさと本題を書いて、続きは書きます。)
さて、本題に戻ります。
「ん?画像がない」
そりゃ、テキストで如何に表現力を・・・と言い訳をしてもしょうがないので今回は画像をいれてみます。
さて、私は『Dr.相澤の住宅情報館』のプロフィールにもある様にあるハウスメーカーに務めていて、その後、その会社の収益不動産部門に移動したところまでは前回、書いた通りです。しかし、私に転機がやってきます。私はそのハウスメーカーを辞めることとなりました。辞めた理由はいくつかあります。
決定的な理由はその会社が好きだったから、今、その会社がやっている事が住宅を作り、販売をしている会社とは違う方向に向かっているからという事だったと思います。
・・・と、その辺の感情的な話は置いておいて・・・私は不動産の景気が悪くなる『金融商品取引法』改正前に、14年間勤めたハウスメーカーを辞めて、不動産証券化を取り組む会社に移りました。一応、役員待遇で移りますが、やる事は殆ど変わりません。強いて言うと、新入社員の面接をするぐらいでしょうか・・・。
しかし、程なく、景気が大きく変わります。世界的にもリーマンショックとよく言われますが、リーマンブラザーズだっていきなり、潰れたわけではありません。色々な要因が少しずつ、押し寄せていったのです。不動産業界の流れを止めたのはリーマンショックではなく、金融商品取引法の改正でした。
平成19年10月1日、この日は私は忘れることは無いでしょう。不動産流動ビジネスに関わっている人は同じだと思います。バブルの時代の人にとっては総量規制と同じぐらいショッキングな出来事でした。
(総量規制を知っている、そこの貴方は昭和の人ですよ)
これによって、日本の不動産市場は大きく変わります。予想していた通りに・・・
そして多くの不動産会社が倒産していきました。
これ、私が取引していて、金融商品取引法、改正以降、今日までに倒産(会社更生法、民事再生法を含む)した会社の方々の名刺です。当然ですが私の移った会社に影響が無いわけがありません。私が転職した会社も、その後、間もなくしておかしくなります。(景気だけのせいでもないんですが・・・)
そして、私以下、殆どの社員がその会社を後にすることになります。
そして、私は、
『本来の自分の仕事に戻ろう。』
と、考えました。
ふっと、以前に自分が運営していたサイトを思い出しました。もう、何年も更新してないのに、見ていてくれる人がいるのでしょう。アクセスカウンターだけは少しずつ動いているようです。
『サイトをリニューアルしなきゃ・・・』
と、思いました。
前にサイトを管理していたときには住宅の技術屋として、みなさんに回答していました。しかし、私は技術だけではなく、不動産屋としての一面を備えて帰ってきました。しかも、そこらの不動産屋とは違います。立退きや地上げを含めるギリギリの最前線にいた不動産屋です。Excelと睨めっこしっていただけでもないし、電話営業をしていただけでもありません。本当に人と対話をして、毎日々々、現場を歩いていた不動産屋でありデベロッパーです。
ですから、建物だけではなく土地も・・・、所有権の物件だけではなく賃貸住宅にも対応できるサイトにリニューアルしていきたいと考えています。
まずは1本、お電話ください。些細な疑問にも答えます。プロ、アマ、一般の方、すべて歓迎。