信用金庫Aの喚起

連載シリーズ 【 信用金庫Aの喚起 】 第 4 話 / (全 5 話)

今日は、最近あった不動産取引の話を前提に金融機関の話を書きます。
ちょっと、というか長文ですが、最後まで読んで頂けたら幸いです。
私は、昨年の秋ごろから、ある地主に頼まれて、その地主の持っている借地の契約更新を行っています。その地主は、海外在住のため、私は仲介という立場ではなく、その地主の代理という立場で、いくつかの借地の契約更新に臨むことになりました。
その地主の希望は、「借地としての契約更新として、更新料と新賃料での契約」もしくは、「借地権者が、希望するのであれば、適正価格での底地権の売却」でした。
更新料、借地料、底地権の売却価格の最低価格だけ決定しておいて、その手法を含め、ほぼ全権を委任してもらう様な形で代理人を勤めることとなりました。
最初は、ある借地権者との交渉で、更新料と新地代での契約となりました。そして次は、底地権を買い取ってもらうこととなりました。この時、その底地権を買取る借地権者は、その資金を信用金庫Aに融資を依頼しました。決済当日、私はその借地権者と信用金庫Aで決済したのですが、その信用金庫Aの担当者K課長の準備の悪さに、少なからず辛気臭さを感じました。
平成23年11月1日(火曜日)
さて、その地主さんの3件目の借地の話です。
最初は、その借地人さん(以下、「借地人A」といいます。)は、最初はそのまま借地の更新をするつもりだったのですが、やはり、子供のことを考えて、底地を買取りたいと言ってきました。
実は、私としてはこの土地は、「借地契約の更新にして欲しいなぁ・・・」と思っていた土地でした。それは、この土地が、やや複雑な状況にあったからです。
その土地の状況というのが、図1の様な状態です。
リデベ(再開発)の社長のブログ-現在の状況
この土地には、借地人Aの他に、借地人Aから、更に借りている転借人Bの家がありました。一応、借地人Aと転借人Bの間に転貸借の契約書は存在するのですが、分筆されている訳ではありません。
転借人Bの家は、昭和40年代築の建物ですが、確認申請も検査済証もあることは確認できていました。私の調査では登記も、ちゃんとされていました。
問題は借地人Aの建物です。
図1のオレンジの部分がやはり、昭和40年代の建物なのですが、確認申請も検査済証もありません。さらに、水色の部分を昭和50年に増築していることも解りました。しかも、この増築部分を含め、建物の登記がされていないことも調査済みでした。
もちろん、借地人Aが、自己資金で底地権を買ってくれるのであれば、単純に売却して終わりなのですが、やはり、金融機関から融資を受けて買いたいということでした。しかも、その融資を受ける先は、信用金庫Aにすると言い出しました。
私はその時に、
「この土地を担保に融資を受けるのは難しいと思うのですが・・・」
と借地人Aに言いました。しかし、借地人Aは
「信用金庫AのK課長から、この土地を担保に融資すると言っているから大丈夫です。」
と、言われました。その時の所感は、
『随分に優しい金融機関だこと・・・』
しかし、それを言ったのがK課長だということで、心底のどこかに苦りを感じずには、いられませんでした。そこで私は、信用金庫AのK課長に・・・
「本当に大丈夫なのか?」
(既に前回の取引で、面識もあり、その際の不手際もあって、やや苛立った言い方をしました。)
「ええ、借地人Aさんとは、過去にも取引もありますし、大丈夫です。」
『過去の取引での信頼関係はともかく、土地の状況を理解しているのか?と聞いているのだが・・・』
と思いつつも・・・
「本物件について、解らないことがあれば、なんでも聞いてくれ。また、出して欲しい資料があれば、できる限りの協力をするから、遠慮なく言ってくれ。」
と言いました。
信用金庫Aの課長は、私の決済希望日、つまり融資予定日を平成23年11月末日に対して、
「余裕をもって、同年12月中旬にして欲しい。」
と言ってきました。そこで私は、借地権者Aと同年12月20日で、融資特約付契約を締結しました。
(融資特約付契約:融資がその期日(今回のケースで言うと平成23年12月20日)までに実行されない場合は、契約を解除するという契約)
平成23年11月8日(火曜日)
契約した翌日、K課長から電話が入りました。
「借地人Aさんの建物が登記されていないんです。」
『知ってるよ!で・・・』と思っていると
「そこで借地人Aさんの建物を登記しないと、融資実行できないんです。12月中旬までの余裕を持っていて良かったです。」
「じゃあ、借地人Aの建物登記ができれば、融資実行はされるんですか?」
「はい、大丈夫です。」
「本当ですか?他に問題があるのであれば早目に言ってくださいね。」
借地人Aさんは不動産に関しては、全くの素人です。そこで、私の方で知り合いの家屋調査士を呼んで、借地人Aの建物を登記しました。なんとか、11月末日までに登記が終わりました。
平成23年12月12日
さて、融資予定日まで、あと9日と迫ったときに、私は確認のためにK課長に電話をしました。
「融資実行は大丈夫ですよね?」
「実は・・・」
「何か問題でもあったんですか?」
「転借人Bさんの建物が登記されていないんですよ・・・」
「いや、登記されていますよ。」
「いや、謄本が取れないんです・・・。」
「では、私が謄本を用意すれば、融資実行はされるんですか?」
「もちろん、できますが時間が・・・」
「20日に間に合わないということですか・・・」
「稟議をまわして、社内の決裁を貰う時間を考えると、ちょっと厳しいんです。なんとか、月末まで待っていただけませんか?」
「借地人Aの了解が貰えれば、こちらは構わないが、融資特約の条項が無効になることを理解できていて言っているんだろうな?」
「もちろん、資料が揃えば融資実行はかならずします。」
「しかし、月末ではだめだ。御行は12月30日まで営業しているかもしれないが、法務局は12月28日までしかやっていない。12月28日がリミットだな。しかも、うちの会社が12月28日は大掃除だ。」
「では、12月27日決済でお願いします。」
「じゃあ、今日、法務局に私が行って謄本を取ってきてやる。」
K課長が転借人Bの建物謄本を取れなかった理由は、概ね想像がついていました。
パソコンに頼ったからです。
私も、最近は謄本を取るのは、インターネットで取ります。(もちろん有料です。)
しかし、建物の謄本を取るためには家屋番号が解らないととれません。通常、家屋番号は・・・
東京都港区本麻布一丁目103番5(実在しません。)という地番の上にある場合
東京都港区本麻布一丁目103番地5の1とか、建物が同一敷地内(同一の筆の中にある場合)に複数ある場合は103番地5の2、3・・・・となっていきます。
しかし、これは土地の地番が先に確定していればの場合です。
一つの土地に建物が複数あったとして、その建物が登記されたとします。例えば・・・
港区本麻布1丁目103番5の土地に建物が2つあったとします。その後、しばらく経ってから、その建物に合わせて、土地を分けたとします。
家屋番号は
103番地5の1と103番地5の2となりますが、103番地5の2の家屋番号の土地が103番5から切り離されると、その建物の地番は103番5ではなくなります。
運がよければ(その番号があいていれば)、港区本麻布一丁目103番6になるかもしれませんが、場合によっては港区本麻布一丁目200番になるかもしれません。
こうなってしまうと、インターネットで103番地5から、手当たり次第に家屋番号を入力して調査することになり、現実問題、登記できているかを調べることができなくなります。
この様な場合の調査の方法は簡単です。
法務局に行って、
「ここに建物があって、登記されていることは間違いないんだが、地番と家屋番号が一致しない。おそらく、建物が先で、土地がその後に合分筆されて地番が変っているから、家屋番号を調べてくれ!?」
と言えば、調べてくれます。
案の定、5分で謄本が出てきました。昔は、物件毎に法務局まで行って調べたものですが、インターネットで謄本も取れれば、住宅地図も見ることができます。それに頼りすぎると、こういう問題が発生します。
しかし、私はこの土地の問題の本質が、ここにないことは解っていました。
私は謄本を持って、信用金庫Aに向かい、K課長に
「謄本持ってきたよ。これでいいか?」
「よく、解りましたね?」
「あのなぁ・・・。少しは、想像の翼を拡げて色々な事態を考えれば簡単だと思うのだが・・・」
と言って、前記のことを説明しました。
「さすが、相澤さんは、キャリアが違うというか・・・」
というその先の言い訳を聞くのが面倒だったので、申し訳ないとは思いつつも話の骨を折り、
「これで、27日の融資実行はできるんだろうな?」
「これさえあれば、大丈夫です。」
このK課長の言葉で絶対に、この融資実行は無理だなと思いました。そこで、私は
「もし、御行が融資実行をしなければ、借地人Aは底地権者に対して違約になる。契約書には目を通していると思うが、すでに手付解除の期限も過ぎている。もし、売買が成立しなければ、違約金の上に、この借地権を維持しようとすれば更新料と地代が発生する。その事を理解しているんだろうな。」
「もちろん、解っています。大丈夫です。」
私はこの日の夜、底地権者に電話をしました。
「おそらく、借地権者Aの土地の売買は無理だと思います。詳細を電話で説明するのは難しいです。」
底地権者さんは一言・・・
「御意に任せる。」
12月23日(金曜日)
決済まであと5日と迫った日の夕方でした。
私は別件で、別の不動産会社と打合せが終わって、忘年会に行こうとしていました。
そこにK課長から携帯が鳴りました。
携帯を出るときにそろそろ気がついたか・・・と思いつつ、無視しようとも考えたのですが、結局、その電話に応答してしまいました。
「相澤社長、今、よろしいですか?」
「来週の決済の件ですか?」
無理だと知っていながら、聞きました。
「実は、本店の決裁が取れなくて、もう少し時間を頂けませんか?」
「話の意味が見えない。具体的になぜ、決裁が取れないのかを教えて貰えなければ、応えようがない。」
「本店に融資の稟議を廻し、従前に了解を得ていたのですが、本店から今の状態では決裁できない。と言われまして・・・」
「その今の状態というのを具体的に言って貰えなければ、地主に説明できないだろ。」
「はい・・・。しかし、本件は売主様(地主)には、関係のないことで、借地権者Aと転借人Bの問題ですので、私からは情報を提供できないんです。」
「では、結論だけ聞こう。融資実行をするのかしないのか?するとすれば、いつなのか?」
「申し訳ありませんが、来年1月27日まで待ってもらえませんか?」
「うむ。それは了解したが、解らないことがあれば、無理をしないで聞いてくれ。」
「ありがとうございます。」
さて、この時点でこの融資実行が、何故、私が無理だと思っていてかを書いておこうと思います。
借地人Aの建物の確認申請、検査済証が無いこと、登記がされていなかったことは大した問題ではありません。登記がされていないと、金融機関が抵当権を付けた土地にある建物の所有権が不明なのは困ります。だから、建物の登記をしなければならないのは当然です。これは、借地人Aの建物の所有者が不明だと、この抵当権を侵害する可能性があるからです。しかし、前述の通り、この建物は、すでに築40年、増築部分も築30年ですから、金額的評価としては、無視していいということになります。
さて、転借人Bの建物の登記の有無ですが、これは実際問題、どうでもいい話なのですが、借地権というのは建物の有無がものを言います。その上で転借人Bの建物が本当に転借人Bの建物かを確定する為に謄本が必要になります。(通常、借地権と言うのは利用目的を明確にしています。「建物を建てるため」という理由があるならば、その建物の所有権が明確にならないと、もし、この建物に全く別の権利が存在すると、抵当権を侵害する可能性がでてきます。)
しかし、最大の問題は、この土地の底地権が借地権者Aに移ったときのことです。
この土地は借地人Aが転借人Bに貸している部分が、はっきりとは、わからないことにあります。一筆(権利上、分かれていない土地)に2つの権利が存在します。
この土地全体に抵当権をつけたとします。借地人Aが、返済できなくなれば、抵当権者(信用金庫A)は、抵当権を実行します。つまり、この土地は競売に掛けられることになります。その場合、借地人Aが所有者になっているわけですから、抵当権が実行されれば、借地人Aは退居することになるのですが、転借人Bは抵当権設定の前から、そこに借地している権利があるので、その権利は保障されます。
もし、借地人Aが、抵当権を実行して競売にしようと思っても、転借人B(その時には転借人ではなく、借地人になっています。)に対して、面積はともかく、土地のどこの部分を貸しているのかが明確ではないことになってしまうので、この土地は極めて評価が難しい土地ということになります。
ここで不動産の知識がある人ならば、借地人Aと転借人Bの土地を明確にする為に分筆すれば良いと考えると思います。
まず、この土地を借地人Aと転借人Bの権利が及ぶところに分割します。現在の土地所有者は地主なので、分筆することは地主しかできません。
もしくは、抵当権を行使する時に分筆するという手段もありますが、その場合は土地全体から、借地人Aの権利の及ぶところに抵当権を集約する必要性があります。土地の面積が100坪で、借地人Aと転借人Bの権利が半分なら、借地人Aの権利部分50坪に抵当権を移します。しかし、信用金庫Aは、当初、土地全体に抵当権をつけています。20年返済で19年返済が終わっていて、最後の5%しか借金が残っていないならば、抵当権を借地人Aの50%部分に集約することも可能ですが、1年(5%)しか返済が終わってない時点で、借地人Aが返済不能になった場合、借地権者Aの部分だけでは、信用金庫Aの評価に足らない可能性が出てきます。
しかし、不動産の知識のある方ならば、今回は底地権の売買ですから、評価額の50%以下で取引されていることは想像できると思います。
つまり、信用金庫Aは、本土地全体に抵当権をつけても、転借人Bの権利を阻害しない様にしてこの土地を分筆して、借地人Aの部分だけを競売すれば、現在の価値で不動産価格が推移していることを前提に債権を回収できることになります。
ここで建築に知識のある人であればある疑問にぶつかるはずです。
転借人Bの建物が確認申請も検査済証もあるということです。建築基準法第43条で、建物と言うのは、接道が2m以上なければ建てられないということです。
転借人Bの建物は、建築当時、道路に対して2m以上の接道が確保されていました。
しかし、転借地権の場所が不明確だったために、借地権者Aがその2mの部分に建物を増築してしまっています。この時点で転借人Bの建物は、「既存不適格」ということになります。
では、最終的に抵当権を行使する事態が発生することとなったとします。
予め、分筆しなければ、金融機関Aが融資できないとすれば、現所有者である底地権者が分筆を行います。この場合、底地権者は転借人Bの権利を阻害する様な分筆はできないので、転借人Bの建物が既存不適格にならない様に分筆することとなります。
信用金庫Aが抵当権を行使する場合に分筆する場合でも同じことが言えます。
これが図2の分筆しなければならない状況です。
リデベ(再開発)の社長のブログ-分筆するとすれば

しかし、土地の所有権が底地権者から借地人Aに移っていた後に、転借人B(その時は借地人)が、借地権を売却しようと考えたとします。判例から、その時の所有者が借地権の売却に応じなくても、所有者の権利を著しく毀損そなければ、裁判所が売却を許可します。
しかし、この借地権の売却を阻害するのが、借地権者A(この時には底地権を有している)の建物が、転借人Bの建物を既存不適格にして、更には借地人Aの増築部分が転借人Bの土地に再建築できない状況を、転借人Bの権利が発生してから、その権利を阻害しているということが問題となります。
図2の様な分筆をすると、借地人Aの建物(増築部分)が転借人Bの権利を阻害していることになり、この分筆ができないということになります。
したがって、この土地に抵当権をつけて融資することは、極めてリスクが高いということになります。
故に、私は本物件の底地権の売却は困難であると考えていました。
しかし、信用金庫Aは融資実行をできると言ってきました。
平成24年1月18日(水曜日)
私は、前日の新年会のせいで、午前中は二日酔いというよりも、まだ酔っ払っている様な状況のまま、午前中を過ごしていました。そこに信用金庫AのK課長から携帯に電話が入りました。
「相澤さん、今、電話よろしいですか?」
気分が悪いこともあったのですが、要件は容易に想像がついていたこともあります。
「手短にお願いできますか?」
「では、結論から・・・。今の状況では借地権者Aには融資できません。」
「どういうことですか?」
「権利関係が非常に難しいことになっていまして・・・。それを解消しないと・・・。」
「具体的にどうやったら解消でき、解消できれば融資できるんですか?」
「はい。借地人Aと転借人Bの権利を明確にする為に土地を分筆していただく必要があります。」
「分筆すれば融資できるんですか?」
「できます。」
私は、このK課長が本件の本質に未だに気がついてないことを察しました。
「すいません。今、時間がないので、明日、御行に行って話しを聞きます。明日の午前10時に伺いたいと思いますが・・・」
「わざわざ、来ていただいて宜しいですか?ご迷惑でなければ、支店長と一緒に御社に行きますが?」
「どうせ、通り道ですから、私が御行に行きますよ。」
「すいません・・・」
こんな会話でしたが、ついに支店長の登場か・・・という思いはありました。
平成24年1月19日(木曜日)
私は信用金庫Aに行きました。
すぐにK課長と支店長が来て、他のお客さんには目の届かない応接室に通されました。
金融機関の密室は慣れているので、どうということはありません。
私は、話の結論が見えていることもあったせいか、
「寒いですね。明日は雪になるって天気予報では言ってますよ。」
たぶん、穏やかに話を進めたかったのかと思います。その話に応じて
「そろそろ、お湿りがあった方が良いかもしれません。」
しかし、私はことの重要性に気がついていない彼らに対して
「明日、私があちこちに行かないで済めば、その方がいいですね。」
と応えました。するとK課長が
「相澤さん、実は昨日も御電話で話したように、借地権者Aと転借人Bの部分を分筆していただかないと融資できないんですよ。その理由はですね・・・」
私はその理由を聞く前に怒りを前面に押し出して言いました。
「知ってるよ。だから、言っただろ。解らないことがあるなら聞け。欲しい資料があるならば出来る限り出してやると・・・。分筆しなければ、転借人Bが、御行の抵当権を侵害するからだろ!」
一瞬、会話は止まり、支店長が
「相澤さんは、わかっていたんですか?」
「当たり前だ。金融機関は担保主義だろ。その担保が確保できない状態ならば融資できない。馬鹿でもわかる。」
「そ・・・そうなんです。ですから、分筆を・・・」
「今、分筆するのは底地権者しかできないよな?」
「はい、ですから・・・」
「断る!」
「しかし、分筆しないと融資実行が・・・」
「分筆しても御行は融資しないからだよ。」
「いえいえ、そんなことは・・・」
私は、前記のことを説明しました。そして、支店長は
「そ・・・その状況では、分筆したとしても・・・融資は難しいです。」
「物件を見たか?転借人B建物をの借地権者Aの建物が権利を阻害していることは、一目瞭然だろ」
「見てはいましたが、実際に測ることはできないので・・・」
「L字溝の幅と転借人Bの通行できる幅を見れば、測らなくてもわかるだろ?」
「L字溝って、道路の端にある・・・。それとどう関係が?」
「こんなことを自慢する訳ではないが、L字溝ってのは、JIS規格で60センチ幅になってるんだよ。枚数数えれば比較できるだろ!」
「気がつきませんでした。」
私の怒りというか呆れ度合いは頂点に達していました。
「感情論の話はしたくないが、敢えて言わせて貰う。御行は物事の本質が見えていないから、今回の事態が発生したということが解らないのか!?」
K課長も必死だったと思います。
「今回の物件は調べれば調べるほど、色々出てきまして・・・」
その言葉は私を余計に挑発することになり、私は一気に言いたい事を言いました。
「信用金庫と銀行の違いがなんだかわかるか!?
信用金庫はな、メガバンクと決定的な違いがある。
営業エリアも限定されている。大企業に融資することもできない。
しかしな、地元の人が、信用金庫にお金を預け、そのお金が地元の為に使われる。
それによって、自分たちの住む場所が活性化されると思っているから利用するんだ!
K課長が毎日、地元を歩いている。その姿を見て、借地権者Aも信用金庫Aなら、なんとかしてくれると信じていたんだ。
信用金庫の社会的使命とはなんだ?
メガバンクと同じこと、同じ判断基準でものごとをやるなら、メガバンクの方が我々は安心して仕事ができるんだ。
仮に大して貯金もしない。融資の申込をするわけでもない。それでも地元の中小企業の経営状態を一緒になって考えて、地元を良くするのが信用金庫の社会的使命ではないのか!?
支店ノルマがあるのも解る。
個人としての営業ノルマもあるだろう。
そんなものは、企業として当然のことだ。
それでも、企業としての社会的使命を無くしたら、その企業の存在価値なぞ誰も認めない。
これが企業の本質なんだ。この本質が見えなかったから、この土地の本質も見えないんだ。
融資ノルマばかりを考えて、この不動産に抱える本質を見ることができなかったんだ。
今回、御行が梯子をはずす事は解っていた。だから、底地権者には、従前にそのことを伝えてある。
だから、底地権者は御行には期待していない。
ただ、借地権者Aのことを地主として悪いようにしないで欲しい。御行ができなくても、地主はなんとか借地権者Aのことを考えているんだ。自分もそう考えている。
今回の件は、仕方が無いが、次回以降、同じことをしないでくれというのが地主としての要望だ。」
その時、支店長の精一杯の言葉は・・・
「申し訳ありませんでした。」
でした。
私は、この話を借地権者Aに伝えました。そして、時差を考慮して夜に地主にある提案をしました。
「借地権者Aに出来る限りのお金を払って貰おうと思います。契約金額には足らないと思います。残額を割賦払いでご容赦していただけないでしょうか?勿論、贈与にならない金利はつけます。当然に、地主が債権者となって抵当権もつけます。このまま、借地権者Aに違約を言い渡すことは、あまりに厳しいかと・・・」
不動産の売買で売主が買主に抵当権をつけて、所有権を移転するというのは私も経験はありません。しかし、1970年代には、今で言うパワービルダーである、太平住宅や殖産住宅は、自分たちの分譲住宅を売るために金融機関の替わりに自分たちで融資していたという事例はあります、
「任せる。」
一言でした。私は、地主の了解を得たことで、その事を明日の午前10時に借地権者Aに伝え、決済までの方法を打合せすることとしました。
1月20日(金曜日)
朝9時過ぎに私は自宅を出てバス停までの道を歩いていました。
すると・・・K課長から携帯に電話が入りました。
「相澤さん、借地権者Aさんとこれから打合せされますよね?」
「そうだが・・・」
「その前にちょっとで良いんでお話できませんか?」
普通だったら、信用金庫Aに寄っても、借地権者Aのところに十分に間に合う時間でした。しかし、その日は、東京では初雪で、交通網の混乱が想定されていました。故に少し早目に自宅を出ていました。
「この状況だからなぁ・・・。間に合えば寄るが・・・。とにかく、着いた時点で電話する。」
「お願いします。」
結局、9時半には、信用金庫Aに着くことができました。信用金庫Aから、借地人Aのところまで歩いて5分なので、時間的には余裕がありました。
ところが、支店長もK課長もいません。
窓口の女性に、
「K課長に来る様に言われたんだけど・・・」
というと、その女性は上司と思われる男性に、その男性は慌てて携帯でなにかを話していました。
今までも何回も、信用金庫Aには行っていますが、対応するのはK課長と支店長だけで、他の行員が私のことを特別扱いすることはありませんでした。
しかし、この日は違いました。
私を見るなり、一斉に慌しい雰囲気になり、その空気は一瞬で察することができました。
5分もすると支店長とK課長は、外から帰ってきて、私はいつもの密室に通されました。
一応、今年の初雪だったこともあり天気の話をちょっとして、しかし、時間もないことから私から・・・
「どういう、ご用件ですか?」
というと、K課長が切り出そうとするのを制して、支店長が
「昨日、借地権者Aさんへの融資はできないといいましたが、なんとか私たちにやらさせてもらえないでしょうか?」
「はぁ?物理的に無理でしょ・・・」
「はい、本物件を担保に融資するのは無理です。しかし、いくつか方法を考えまして・・・」
「具体的に・・・って言っても、融資相手は借地権者Aだから、それを借地権者Aに言う前には無理か・・・」
「すいません。そうなんですけど・・・。なんとか決済日を待っていただければ・・・」
「決済日を待つと言っても無期限は無理だし、それ以上になんで、昨日は無理で今日は可能なのか?」
「はい。昨日、相澤さんに信用金庫の使命とはなんだ?と言われたことが心に残りまして、なんとか自分たちで出来ることはないかを考えました。その結果、いくつかの方法を考えました。
私たちは信金です。信金は地元の人に雨が降るときに傘を差し出すのが仕事だと、相澤さんに言われて、今までもそのつもりでいたのですが、実際には気持ちだけで・・・。でも、実行しなくては意味がないと考えました。」
一瞬、戸惑いました。
「わかりました。具体的な決済日を提案してください。」
正直、底地権者も決済日は気にしていません。無期限は無理でも常識的な範囲ないなら良いと考えました。ただ、杓子定規な回答しかできない自分がいました。
それ以上に金融機関が私の感情論によって動いたことに驚きを感じました。
支店に私が入った瞬間に空気が変ったのも、すべての行員が昨日、私が言ったことを知っていたものだと思います。
生意気なことを言ったな・・・と思っています。
しかし、この町がこの信用金庫Aと一緒に少しでも良くなれば・・・
自分の仕事をして良かったと思います。

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『買付』と『取纏』と『売承』の実例

連載シリーズ 【 『買付』と『取纏』と『売承』の実例 】 第 2 話 / (全 2 話)

さて、買付と売承の続きですが、先日、こんなことがありました。

(※ 法人名、個人名は全て仮名です。)

物件は、都内某所にある土地です。1000㎡以上ある土地で、住居専用地域の低容積率のエリアのため、紹介は、建売業者に絞って行いました。

その物件の最大の問題は・・・

地権者が大勢いることです。しかも、全て相続による共有の所有者です。現在、その土地を地上げ屋がまとめていて、目処が立ったので、売り先を探して欲しいという依頼でした。とは、言うものの、全ての地権者と契約を交わしているわけではありません。

もちろん、そのことを前提に青山ハウジングという建売業者に紹介をしました。もともと、よく知っている建売業者で、担当者の神山課長もよく知っている人でした。

神山課長曰く、

「その物件は、こちらの提示価格でも十分に採算が合うから、是非、買いたい!それに、うちの取締役の本木も是非と言っている!」

とのことでした。

「では、取纏依頼書出してもらえませんか?」

と、私が言うと・・・

「取纏を出すのは、売主(地上げ屋)と全ての地権者との契約が終わってからだな。それと売承と交換で・・・」

とこんな調子でした。

取纏や買付の意味がよく理解できていないと、こうなります。

「売承と交換で・・・」

というのは意味は理解できます。

これは、自分たちの、価格を叩き台にされたくないからです。

よく、売主が買付や取纏を集める理由に、出てきた価格を叩き台に、他の買いそうな客に、その買付を持って行き、価格を吊り上げるために使います。それを避けるために、売承を即、貰いたいわけです。

また、私が持ってきた取纏を叩き台にされて、よその仲介業者が話を纏めたのでは私も商売にならないので、売承はできるだけ速く貰います。

しかし・・・

地上げ屋と、現況の地権者との契約が締結できなければ、これは物件にはならなくなるので、当然ですが、青山ハウジングに売却することはできなくなります。(というか、誰にも売却なんてできません。)

つまり、地上げ屋と現況地権者の契約が纏まれば、売り物になるので、先に取纏か買付を出して欲しいという意味で、もし、纏まらなくても、青山ハウジングには、原則的にはリスクはありません。

むしろ、今の纏まってない状態だから、この価格なわけであって、完全に話が纏まっていたら、欲しいと言い出す人は大勢いることになるかもしれません。

また、纏まる前に他の買主が同じ価格で、取纏や買付を入れたら、青山ハウジングは極めて不利な状況になります。

また、私も仲介業者である以上、他の仲介業者ではなく、うちで纏めたいと思うのは当然のことです。契約が纏まるのを待って、青山ハウジングから取纏を貰ったのでは、他の仲介業者に出し抜かれてしまうかもしれません。

私が取った行動は、説明するまでもないと思います。

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『買付』と『取纏』と『売承』の意味

連載シリーズ 【 『買付』と『取纏』と『売承』の意味 】 第 1 話 / (全 2 話)

不動産売買に於いて、『買付』と『取纏』と『売承』というものがあります。

『買付』(かいつけ)とは、『買付証明書』の略ですが、『購入申込書』とも言います。

意味は、ある不動産を購入したい人が、購入条件を書いて、売主に対して、提出するものです。ちなみに、大抵の場合は、売主=所有者になりますが、売主が、現所有者から、当該不動産を購入してない場合などは、その限りではありませんが、他人物売買に該当するので、諸条件が揃わないと、できません。

『取纏』(とりまとめ)とは、『取纏依頼書』の略です。

意味は、不動産を購入したい人が、仲介業者に対して、購入する条件を書いて、その条件で売主と交渉して、物件を購入できるように、話を纏めてきてもらう為の依頼書です。

『売渡』(うりわたし)とは、『売渡承諾書』の略ですが、『売渡証明書』という人もいます。

意味は、購入申込書や取纏依頼書に対して、売主が、売渡条件を書いて提出するものです。

『買付』の条件と『売渡』の条件が合致していることを業界では条件を鏡に写した様なことから『ミラー』と言います。

サンプルは『買付証明書』、『購入申込書』、『取纏依頼書』、『売渡承諾書』でGoogleで探せば出てくると思います。

不動産業界では、この『買付』と『売渡』が重要になります。

まず、『買付』を出すことで、少なくとも購入希望者は売主に対して、購入条件を伝えることができます。その条件に対して、売主の反応を見ることもできるので、物件の購入は、まずは『買付』からと言っていいかもしれません。

また、『売承』も重要です。不動産とは車やパソコンの様な製造物と違って、原則として1つしかありません。逆に、その不動産を欲しいと思う人は、複数いるかもしれません。その状況下で『売渡承諾書』を貰えることにより、自分が購入する権利を得たと考えられます。

※『買付』と『売承』は、原則的に法的拘束力はありません。

宅建を勉強したことのある人なら、『諾成契約』と『要物契約』という言葉を学んだと思います。

『諾成契約』とは、当事者の意思表示が合致することで実際の物の引渡しが無くても成立する契約のことを言います。要物契約とは、逆に物の引渡しが無いと成立しない契約のことを言い、消費賃貸・使用貸借・寄託が要物契約の対象となります。諾成契約が成立した状況で、一方が契約を破棄した場合に、他方に損害が発生した場合は、実際の契約書が無くても損害賠償を請求できるとあります。

『買付』と『売承』の条件が『ミラー』であるならば、諾成契約は成立しているかの様に感じます。

しかし・・・


東京地裁平成2年12月26日判決
本件不動産の売買条件等をめぐる原、被告間の口頭によるやりとりや前記の買付証明書及び売却証明書の授受は、当時における原告又は被告の当該条件による売渡し又は買付の単なる意向の表明であるか、その時点の当事者間における交渉の一応の結果を確認的に書面化したものに過ぎないものと解するのが相当であつて、これを本件不動産の売買契約の確定的な申込又は承諾の意思表示であるとすることはできないものというべきであるし、前項に認定した事実関係をもつては未だ原、被告間において本件不動産の売買契約の成約をみたことを認めるには足りず、他にはこれを認めるに足りる証拠はない。


という判例があり、『買付』と『売承』では、諾成契約は成立せず、交渉結果の確認書でしかないとされています。これは、後日、正式な契約を締結する予定があれば、尚更ということになります。この様に法的拘束力が曖昧にも関わらず、『買付』や『売承』を提出することが、誤解を招きやすいことから、出すことを嫌う法人や、出すことを推奨しない法律家もいます。


さて、明日は買付と売承に関する実際にあった話を書きます。



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「中抜き」と「ビーカン」

連載シリーズ 【 「中抜き」と「ビーカン」 】 第 3 話 / (全 3 話)

「中抜き」については、過去にも、このブログで何回か書いたと思います。

「飛ばし」とも言います。

以前のブログ記事から、探すのも面倒だと思うので、再度、意味を書くと・・・

売買物件を探しているお客さんAが、不動産屋さんBから、物件を紹介してもらいました。そのお客さんAは、不動産屋Bに仲介手数料を支払うのが、もったいないと感じて、所有者に直接、交渉して売ってもらうことにしました。

不動産屋Bは、所有者から専属専任を貰ってなければ、所有者が直接、お客さんを見つけたことになるので、仲介手数料がもらえなくなってしまいます。これを、「中抜き」とか「飛ばし」などと言います。

応用編としては、

お客さんA→仲介業者B→仲介業者C→仲介業者D→所有者

となった場合、仲介手数料は最大で6%+12万円です。

それをB,C,Dで分けることになるので、各業者の取り分は2%+4万円になりますが、仲介業者Bが、仲介業者Cに紹介してもらう以前から仲介業者Dを知っていれば、仲介業者Cを介さなくても、取引そのものは成立します。仲介業者BとDは3%+6万円の報酬を手にして、仲介業者Cは0となります。

これも「中抜き」とか「飛ばし」と言います。

そのため、仲介業者は所有者がなかなか、解らない様に色々なことをします。その例がREINZやアットホームなど、物件情報サイトに物件の所在地を丁目までしか書かないことによって、物件を特定させない様にしている業者が多数います。

これは、少ない仲介手数料を如何に省こうかとか、独り占めにしようかという発想からきています。

さて、「ビーカン」ですが、これはまとも不動産業を営んでいる方には当然に関係の無い話です。もちろん、宅建の本や実務書にも出てきません。

「B勘定」の略です。「B勘定」とは簡単に言えば裏金工作のことです。

簡単な事例は・・・

あるマンションデベロッパーAの担当者Bは、ある程度の権限を社内で持っていますが、給与には不満を持っていたとします。

その時、担当者Bのところに、不動産仲介業者Cがマンション用地の紹介にやってきました。担当者Bは、その物件を買っても良いかなと判断しましたが、仲介業者Cに向かって、

「その物件を買ってやる。仲介手数料も会社からは満額支払うようにさせるから、『俺』に1%をバックしろ!」

もちろん、その物件がどこのマンションデベでも買うようなお買い得な物件なら、仲介業者は他のマンションデベにこの話を持っていきます。しかし、ちょっと辛い物件で、売るのに苦戦している様な物件なら、2%でも仲介手数料は欲しい仲介業者はこの話に乗ってしまいます。

もちろん、仲介業者も一度貰った仲介手数料を理由もなく、他の人に渡せば、会計上問題が起こります。大手の仲介業者になればなるほど、この問題は大きくなります。

今は業務委託手数料で支払ったなどという言い訳は大手では通用しません。税務署だってバカじゃないので、「業務委託の成果物を見せろ」という話になります。

そこで、架空の領収書を集めて支払う行為のことを、本来は「B勘定」と言います。

さて、この、「中抜き」と「B勘定」の併せ技を駆使することが、どうも業界で流行っている様です。

※ さすがに会社名と担当者名は伏せます。

昨年、私の会社があるビルオーナーから

「うちのビルの最上階が空いたから、テナントを付けてくれ」

という依頼がありました。

うちは、目ぼしいテナント数社に声を掛けました。もともと、そこはエステだったのですが、そこでの売上が問題ではなく、社内の粉飾等があって倒産したエステがあった場所でした。

うちの担当者は、この場所はやはりエステが良いと言う事でエステを中心に声を掛けました。

そこで、エステ会社Pの担当者は大変に興味を持ちました。うちの担当者は追客をしていたのですが、そのビルのオーナーから・・・

「○○商事(仲介業者)がエステPを連れてきたよ。相澤さんところには悪いけどそこで決めようと思う。」

うちは○○商事は知っていますが、今回の話に○○商事を介入させていません。

調査の結果、このエステ会社Pの担当者が○○商事から、バックしてもらうことで、うちの紹介した物件を○○商事に紹介してもらったことにして、会社に報告したのです。

また別の話では・・・

マンションデベロッパーのやはりPが、まったく同じ事を、私のよくしっている仲介業者の物件で同じ事をやりました。

うちも中抜きをされたことがあります。しかも、数十億の物件です。

このマンションデベロッパーPは、中抜きをするのは有名な話です。

当然に、うちではこのデベロッパーには物件を紹介するのは辞めていますし、仲間内(もちろん、財閥系や電鉄系の不動産仲介会社のほとんどを含む)では、有名な話なので、このマンションデベには、良い物件は、あまり紹介しないようにしようと言う事になっています。

しかも、この会社の酷いのは幹部社員まで平気な顔をしてやっていることにあります。

しかし、不動産業界って、すごく狭い社会ですから、そういう噂はあっと言う間に広がります。

この業界で長く続けたいならば、中抜きやビーカンはなるべくやらない方が良いです。特に自分から切り出すと将来に良いことはありません。

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相続案件 物納

連載シリーズ 【 相続案件 物納 】 第 4 話 / (全 4 話)

 前回、本物件を売却した場合、売主の手元に相続税を支払った後にいくら残るかを計算しました。

 しかし、実際には、この人は、この土地を全部売却しない方が得と考えられます。

 それは、物納という手段があるからです。

 納税額は5億600万円です。
 路線価が68万円/坪ですから

 5億4600万円÷68万円/坪=803坪

 を物納すれば、相続税の支払いは完了します。

 国税は、金銭で納付することが原則ですが、相続税については、延納によっても金銭で納付することを困難とする事由がある場合には、納税者の申請により、その納付を困難とする金額を限度として一定の相続財産による物納が認められています。

 したがって、金銭で支払い能力がある場合、一定の金銭を持っている場合は金銭での支払が優先されるので、どのようなケースでも物納が出来るという訳ではありません。

 そして、残りの1197坪を改めて売却してしまえば良いわけです。

 もし、1197坪を52.1万円/坪で買ってくれればの前提条件は付きますが、52.1万円/坪で売れるならば

 1197坪/坪×52.1万円×0.97-6万円=6億486万円

 となります。(下線は仲介手数料)

 つまり、相続人は単純に売却してしまうよりも

 6億486万円-4億6468万円=1億4018万円

 も得になるわけです。

 当然ですが、路線価よりも少し安いぐらいの価格で売れる場合は、物納後に売却という面倒さもあります。

 また、価格が下落傾向の強いときには当初の52.1万円/坪が維持できなくなることも考えられますが、東京の住宅地の価格が下げ止まり傾向にあります。

 さらに、土地を細かくすることで、用途が限られ、52.1万円/坪が成り立たなくなる場合もありますが、戸建て分譲であれば1197坪もあれば十分な大きさと考えられ、むしろ、こういう時期なので戸数があまり多いと、在庫リスクも大きくなります。

 もちろん、相続人が大きな借金を抱えていたりして、早く現金が欲しいということも考えられます。

 しかし、そうであるならば、1ヶ月も前から販売価格を変えずに物件情報が出回っているのもおかしな話で、価格を売れ筋の価格帯+αぐらいにするのが普通です。おそらく、相続税の納付期限(※3)近くまで粘って、売れなければ物納+残地売却という方法を取ろうと考えていると考えられます。

 ※3 相続税の納付期限:現金一括払いの場合は、相続開始から10ヶ月。相続開始とは被相続人の死亡を知った日から。

 という、理由で大きな指値に売主が応じることは無いということです。

 ダラダラと書きましたが、実際には殆ど計算機も使わずにこれくらいのことを判断できないと、不動産の実戦では困ります。

 さらに、ここで謄本を取っておくことで、相続の開始決定時、できれば相続人の数などを把握しておけば、残地売却のタイミングで仕事が回ってくる可能性があると言うことです。

 宅建の試験等でめんどくさい税金の問題ですが、こういう事にちゃんと役に立つわけです。

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相続案件 相続税価格の計算方法

連載シリーズ 【 相続案件 相続税価格の計算方法 】 第 3 話 / (全 4 話)

前回の話で、戸建て分譲をやる業者がいくらで、本物件を購入できるかを考えました。

では、52.1万円/坪で指値して、購入申し込みをすると、どうなるかと言うと、まず、この人は売らないであろうと考えるのが普通です。まぁ、これだけ希望価格から離れれば、売らないだろうという感覚的なこともありますがちゃんと理由もあります。

では、この52.1万/坪で売却した時の、売主の手元に残る資産を考えてみましょう。

この物件は相続案件です。相続案件の売却というのには理由があります。

1 相続人が何人かいて、共有名義や区分にしてややこしいことになるよりも、一括売却して、遺産分割した方が、後のトラブルが少ないから。

2 相続税の支払いをするに当たって現金が必要だから。

の2点です。

本件の様な、評価額13億6千万円となる様な物件の相続税を、物件を売却せずに相続税を支払える人は稀です。

では、相続税がいくらになるかを考えてみましょう。

もし、相続人が長男と次男の2人で法定相続(遺言書無し)だったとしましょう。

※他の相続財産は無いものとし、葬式代などの必要経費は無視します。

まず、基礎控除額は法定相続人が2人なので

5000万円×1人+1000万円×1人なので6000万円

13億6千万円-6000万円=13億円

課税対象額は

長男 6億5千万円

次男 6億5千万円

となります。

ちなみに相続税の税率は下記表の通りです。

法定相続分に対する取得金額 税率 控除額
1,000万円以下 10%
1,000万円超~3,000万円以下 15% 50万円
3,000万円超~5,000万円以下 20% 200万円
5,000万円超~1億円以下 30% 700万円
1億円超~3億円以下 40% 1,700万円
3億円超 50% 4,700万円

(平成22年4月現在のものです。)

となりますので

長男次男それぞれの相続税の支払い金額は
6億5千万円円×0.5-4700万円=2億7800万円

ということになります。

つまり、長男次男合わせて
2億7800万円×2人=5億4600万円

の相続税を納税することになります。

では、この物件を52.1万円/坪で売却した際に残る資産は

52.1万/坪×2000坪=10億4200万円・・・売却価格

10億4200万円×3%+6万円=3132万円・・・仲介手数料

10億4200万-3132万円-5億4600万円=4億6468万円

ということになる訳です。

一見すると手元にお金が残る、しかも、一人当たり2億3千万円強も残るので得な様な気もしますが・・・

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相続案件 大きな土地価格の算出方法

連載シリーズ 【 相続案件 大きな土地価格の算出方法 】 第 2 話 / (全 4 話)

 この条件を見た瞬間に、この土地は戸建て用地だなと考えました。

 まず、周辺が戸建てだらけということもありますが、都市計画や容積率から、集合住宅を作ろうとすると2階建(頑張っても3階建)です。また、絵からも解る様に、分譲戸建て住宅地にしても減分(※2)が殆ど無くて済みます。もっとも、この細長い土地を見て、マンションを建築しようとは、なかなか思わないと思います。

 ※2 減分:土地区画整理事業などで、宅地所有者の土地が減少することを言います。

 土地が大きい場合、それを細かくして、販売しようとすると、接道してない敷地などが出来てしまいます。それでは接道してない敷地の人は困ってしまうので、宅地内に道路を作ります。当然に道路の部分は宅地として販売できませんから、その面積は減分になります。また、ある一定以上の大きさの土地を細かくする場合(開発行為)は、公園などの設置が義務付けられたりするので、それも減分対象になります。

 さて、この案件の場所ですが、私のよく知っている場所でした。周辺の新築戸建て分譲の価格も良く知っています。

 概ね、売れ筋は、土地120㎡~130㎡(約35坪~40坪)、建物約100㎡(約30坪)ぐらいで、価格は3800万~4200万(税別)ぐらいです。

 この時点で、私はこの物件は今の段階では、まず買い手が付かないなと考え、営業をしないことにしました。しかし、謄本だけは見ておこうと考えました。この売主は、指値をしても絶対に売らないだろうと考えたからです。

 理由はこうです。

 まず、売れ筋の分譲住宅の価格帯から、購入希望者の土地の値段を割り出してみると・・・。
建物の販売価格は、外構・設備(インフラ)を入れて税別55万/坪ぐらいです。(都内の高級エリアだと仕様が良くなるので65万/坪ぐらいが売れ筋になりますが、都下ならばこれくらいが売れ筋)
とすると土地の販売価格は

 平均4000万円-(55万円/坪×30坪)=2750万円

 販売坪単価は

 2350万円÷37.5坪=62.6万円/坪

となります。

 前述の様に分譲マンションの場合は土地の公示地価や路線価はあまり気にしませんが、戸建て分譲の場合は購入者の殆どが気にしています。

 景気の良い時には、公示地価に近い価格でも売れるのでしょうが、昨今の状況ではこの程度になってしまいます。(これは、地価の上昇下落のトレンドを購入者が感じているからです。)

 ところが、この土地を一括で購入し、分筆して、販売する業者は、土地の取得経費、営業経費や広告宣伝費なんかも掛かります。戸建て分譲をやる会社の粗利益は18%~22%ぐらいは必要になりますから

 62.6万円/坪÷1.2=52.1万円/坪

 で、購入しないと割があわないと言うことになる訳です。

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相続案件 土地の資産価値

連載シリーズ 【 相続案件 土地の資産価値 】 第 1 話 / (全 4 話)

相続税と聞くと、

「相続税って高いなぁ。何か良い節税対策はないかなぁ・・・」

「宅建の試験の時に、めんどくさい分野だったなぁ・・・」

と思う人も多いと思います。

しかし、相続案件というのは、不動産の売買に於いて非常に多いものです。
また、不動産売買の原点ですから、ちゃんと理解できていないと、商売になりません。

では本題に・・・

(長いので4話に分けます。本日から4日連続でアップします。)

分譲マンションを買う方と言うのは、新築であっても中古であっても、周辺の分譲マンションの価格との比較はします。しかし、土地の資産価値と建物の資産価値を比較することはあまりありません。
分譲マンションの場合、土地に関しては共有(※1)が殆どです。

※1 共有:持分割合が決まっている。例えば、マンションが全部で200戸(面積・価格は同じとする)の場合、マンションの敷地全体に対して、1戸の土地の持分は1/200とする。これに対し、昔は土地も区分所有にしていたものもあった。

土地は共有所有ですから、土地の資産価値を気にしてもあまり意味が無いからです。

ところが、分譲戸建ては違います。分譲戸建ての場合、家の価値も当然に考えますが、かならず、1戸に対して1筆以上の土地がついてきます。当然に、土地の価値を考える方が多くなります。その時に購入者が参考にしているのが、公示地価と路線価です。

公示地価は日本全国に27000箇所以上のポイントがありますが、実際に戸建てを買おうとすると、検討物件から随分と離れた場所にあって、比較が難しい場合があります。
しかし、路線価は概ね、殆どの道路にあります。

場所によっては、当てはまりませんが路線価は公示地価の概ね80%と考えていいでしょう。
ということは、路線価の1.25倍ぐらいが、この土地の評価であろうと購入検討者は考えているわけです。

さて、先日、別の仲介業者から、こんな物件が持ち込まれました。

実はこの物件、詳しい情報は入手できなかったのですが1ヶ月前にも売却に出ているという話がありました。価格も一緒なので間違いありません。

住所 東京都下(23区外)の私鉄沿線、最寄り駅まで徒歩8分
面積 約2000坪
容積率 80%
建蔽率 40%
都市計画 一種低層住宅専用地域
日影規制 1.5m 2.5h-4h
希望販売価格 70万円/坪
路線価 約68万円/坪
備考 相続案件
敷地内及び道路との高低差はほぼ無し

『Dr.相澤の住宅情報館』の館長のブログ

一見すると、路線価に毛の生えた様な価格なので、お買い得の様な感じもしますが・・・。

次回に続きます。

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不動産の公示価格と路線価の循環参照

まず、『循環参照』という言葉をご存知でしょうか?

循環参照とは、Excelなどの表計算ソフトで、数式が直接または間接的に、その数式自体が入力されているセルを参照している状態を言います。

と・・・解りにくいので簡単な説明を・・・

 

   A    B
  1 3
  2 5
  3 15
  4

とこんな表があったとします。

A1のセル(マス目)には『3』、A2のセルには『5』を入力し

A3のセルには『A1×A2の答え』の式である『=A1*A2』と入力します。

当然ですが、A3のセルには『15』と表記されます。

ところが・・・

ここでA1のセルに

『A3÷A2の答え』を意味する『=A3/A15』と入力すると

『循環参照』というエラーメッセージが出ます。

『Dr.相澤の住宅情報館』の館長のブログ-循環参照

実際にExcelでやると、こんなダイアログが出ます。

なぜかと言うと、A3のセルは『A1×A2の答え』です。つまり、A3のセルはA1とA2の値によって決定されています。

それなのにA1のセルに『A3÷A2の答え』と入れると、A3がA1によって決定されるので、A1とA3はいつまでたっても答えが出ないという矛盾が発生するからです。

と、なぜ、こんな事を書いたかと言うと・・・

実は公示価格の決定方法にも、循環参照という矛盾が発生しているからなんです。

公示価格の決定方法は1つの地点に対して、2人の不動産鑑定士が

①比較法(取引事例比較法):周辺の実際にあった不動産取引の価格をベースに算定される。

②収益還元法:その不動産がどの程度収益を生むか(家賃収入、地代収入があるか)

③原価法:開発費用(建築費や造成費)がどれくらいかかるか

の3つの異なる手法を用いて、価格を割り出し、それを調整して決定します。

ここまでだと、矛盾していないようなのですが・・・

では、実際の土地取引を考えてみると・・・

土地の価格の決定自体は自由に決められます。私が私の土地をいくらで売ろうが自由です。ところが、公示価で20万円/㎡の土地を、50万円/㎡で売ろうとしても、なかなか買い手はつきません。

私が一般の人であれば、売却は不動産業者に頼むのが一般的です。買う方も、不動産業者などを介して買うのが一般的です。そうすると、他の類似物件等と比較して、『概ねこれくらいの価格』という指標が出てきます。それが公示価格だったりします。ただし、不動産価格が上昇している景気の良い時は、公示価格が上がるだろうということを想定して、売買されるし、逆の時は下がるだろうと想定して売買されることもあります。

つまり、比較法に於いて、周辺の不動産取引事例によって公示価格が出されるが、周辺の不動産取引自体も公示価格を参照しているという、矛盾が発生しています。

では、収益還元法や原価法を考えて見ましょう。

収益還元とは・・・

利回りの考え方

(家賃収入-管理費・税金)÷取得コスト=年間利回り

です。

利回りはキャップレート(期待利回り)に収束します。

そこで、これを逆算して不動産価格を割り出すのが収益還元法です。

では家賃が8万円/月で管理費が戸あたり5000円/月で100戸の賃貸マンションがあったとします。

そのマンションの取得コスト(建物代)が8億円だったとしましょう。税金はめんどくさいので無視します。(実際には無視しません。)

※建築費は収益還元法によって決定されません。

なぜなら、建築費というのは積み上げ方式で決定されます。

セメント代や鉄筋代・・・、それに人件費など、実際に掛かった価格と建築会社の利益によって決定されるからです。もちろん、建築会社の利益があるので景気が悪くなれば、建築会社も利益を減らさざる得ないし、人件費も多少は安くなります。また、セメントや鉄筋も需要によって価格は変動しますが、土地代ほど大きな影響は受けません。

そこでキャップレートが5%として、このマンションの利回りを5%にするための土地代は

(8万円/月-5000円/月)×100戸×12ヶ月÷(8億円+土地代)=5%

となりますから

土地代は10億円ということになります。

では、家賃はどうやって決定されるかと言うと・・・

もちろん、最終的には需給バランスによって価格は動きますが、一番最初は・・・

あるAというデベロッパーの担当者が、仲介業者Cからあるマンション用の不動産情報を入手しました。価格は12億5000万円です。12億5000万円は公示価格と比較しても、ほぼ同じぐらいです。

キャップレートは今は5%だけど、ここら辺だったら、1室辺りいくらぐらいで貸せるかな・・・近くの賃貸の不動産屋に聞いてみようっと・・・。100戸は作れるな。

近くの不動産屋、

「あなたがここでマンションを作って貸す時にうちで任せて貰えるなら9万円ぐらいで貸せますよ!」

(内心・・・本当は8万ぐらいだろうけど・・・仕事欲しいからな・・・)

そっか、そっか、9万円か~、管理費は5000円でいいよな。

それじゃあ・・・建築費はいくらだろ?ゼネコンから見積もり取ってみよう・・・。

8億3000万か・・・。ちょっと高いけど、あとでゼネコン叩けば8億円にはなるな・・・。

とすると、

(9万円/月-5000円/月)×100戸×12ヶ月÷(8億円+土地代)=5%

だから、土地代は12億4000万円までいけるな!

12億5000万円だけど、1000万円ほど安くする様に仲介業者Cに言ってみよう!

仲介業者C

すいません・・・。別のデベロッパーBから、12億4500万円の申し込みが入っちゃいました。

え~、困ったな。

(9.2万円/月-5000円/月)×100戸×12ヶ月÷(8億円+土地代)=5%

なら・・・土地代は12億8800万までいけるな!

よっし、近くの不動産屋に電話して、家賃を2000円ほど、高く貸せるか聞いてみよう。

近くの不動産屋

「9万2000円で頑張ります!」

内心:(仕事欲しいからな・・・とろあえず言っちゃえ!)

仲介業者Cに対して!

「よっし!うちは満額の12億5000万で買っちゃる!!!」

※景気が良い時は、別のデベロッパーBも上乗せしてきたりします。

募集賃料:9万2000円決定

と、こんな調子です。

実際に不動産鑑定士も募集賃料は解っても、成約賃料までは正確には追いきれません。つまり、この土地の公示価格を割り出すのに、この価格を使います。

公示価格12億5000万円

と、収益還元法でも、循環しているんです。

つまり、不動産の価格の上昇、下降は需給バランスによって、影響は受けるものの、需給バランスに於ける、本来の適正価格には、遠い状態であると考えられます。

この問題を解決する方法を考案中です。

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茶番劇  ~予告編~

※ 登場人物、会社名は全て仮名です。また物件所在地等もすべて実際の場所とは異なります。

今、一つの不動産取引が終了しようとしています。

あまりに話が長いので、現在書いている、『リストラ』終了後、掲題のタイトルで書いていこうと思っています。

ただ、想定をしていなかった終わり方をしそうです。

ざっくりと書くと、この不景気もあって、今回の取引は債務超過の案件で、しかも、抵当権は3番までついており、1番抵当だけで抵当設定額の半値でしか売れそうもない案件の任売でした。

しかも、居抜き案件です。

債権者交渉もテナントとの立退き交渉も大揉めでした。

ちなみに買主さんはしっかりした会社なのでなんの問題もありません。

『最終的には債権者交渉で崩れるかな・・・』

と思っていたのですが・・・

たった今、売主の部長に債権者との交渉の状況の確認と本日の打合せのアポイントを取ろうと思い電話をしました。

「布山部長、債権者の件、動きありました・・・?」

「いや、何も無いと言うか・・・、何もできないんだよね・・・。」

布山部長の口振りは明らかに、なにか言い難そうな感じです。

「あっ、すいません。今、お電話まずかったですかね?」

「まずくもないんだが・・・」

『何なんだ・・・。この歯切れの悪さは・・・』

と、思ったものの、電話をすること自体はまずくないと言っているので、そのまま話を続けました。債権者との交渉は売主の会社の社長と弁護士が債権者とやっています。

「金本社長は、今日は、もう来てらっしゃいますか?」

金本社長は、普段は昼過ぎにならないと出社してきません。電話した時間は11時50分ですから、普段だと着ていないのですが・・・

「今日は来ているよ。」

「では、お話になられましたか?」

「いや、話せる状況に無いんだよ。」

「会議中か来客中ですか?」

「まぁ・・・。来客中といえば、来客中なんだが・・・」

「では、社長の来客が終った頃に伺おうかと思っているのですが、何時ごろに終りますかね?」

「今日は無理だと思うよ・・・。」

「しかし、決裁も近いですし、契約を解除するにしても急いだ方が・・・。」

さっきから、布山部長の歯切れの悪さがどうも、気になります。普段から、布山部長は考えてから口に出す人なので、条件反射的に物を言う人ではありませんが、それにしても・・・。

「解っているんだが、特殊なお客さんが来ていてね・・・」

『特殊な客ってなんだ?』

とは思ったものの、自分に関係なければ失礼なので聞かないのですが、急ぎということもあるし、この状況で引き下がる訳にもいかないので、

「え?失礼ですがお客さんって、どなたですか?」

「国税・・・」

「へ?査察ですか?何したんですか?」

もともと、この会社の所有する不動産には、財務省等の差押は入っているものの、国税が来るまでには至ってないはずです。

「いや、僕が出社した時には・・・既に来ていたから・・・」

という感じでした。

まだ、理由は解りませんが、国税の査察が入るって・・・

・ 税金滞納による差押(普通は口座凍結とかの方が先だと思う。)

・ 脱税(結構、巨額な場合。うちの顧問会計士曰く、1億円以上・・・)脱税の場合は令状有。

これくらいしか、思いつきません。

後者なら、取引が成就しないのは確定、前者でも相当に無理がありそうです。

では、『茶番劇』をお待ち下さい。(連載予定日:未定)

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